Engineering

工学実証

DESTINY+

  1. 電気推進による宇宙航行技術を発展させ、その活用範囲を拡大する。
  2. 先進的なフライバイ探査技術を獲得し、小天体探査の機会を広げる。

という2つの工学目的の達成を目指します。

軌道計画

これまで深宇宙探査は、「はやぶさ」や「あかつき」のように、大型ロケットで探査機を直接惑星間に打ち出す方法で行われてきました。しかし、探査機が地球周回軌道から惑星間に自力で出てゆくことができれば、安価な小型ロケットや、大型衛星の相乗り機会を活用して、より低コスト・高頻度な深宇宙探査を実現することができます。そのためには、高度な軌道計画が欠かせません。

DESTINY+は、キックステージを追加したイプシロンロケットで、近地点高度数百km、遠地点高度数万kmの地球周回長楕円軌道に投入される計画です。その後、イオンエンジンによる加速を続け、スパイラル状に軌道高度を上昇させてゆきます。この時、多目的最適化という手法によって、複数の条件をバランスよく満たす軌道を設計するところが、大きな特徴です。その条件とは、合計の飛行時間、電気推進の推薬消費量、電子機器を劣化させる放射線帯の通過時間、バッテリの容量を決める日陰時間、等です。

1~2年後に遠地点高度が30万km程度に達して月の重力圏に入ると、月スイングバイを数回繰り返して地球圏を脱出し、いよいよ惑星間に旅立ちます。

惑星間に出ると、DESTINY+は太陽を公転する軌道に入り、小天体Phaethonとの会合点を目指します。会合点は地球の公転軌道よりも少し内側になるため、探査機はイオンエンジンによる減速を続けて公転軌道を小さくしてゆきます。このPhaethon遷移フェーズは約2年間続き、Phaethonをフライバイした後は、他の小惑星を訪れる案や、地球スイングバイを経て再びPhaethonを訪れる案を検討しています。

電気推進

DESTINY+は、はやぶさ、はやぶさ2に搭載したISAS独自開発のμ10イオンエンジンを4台搭載し、4台を同時に運転して、Wet質量480 kgの探査機に40 mNの推力と4 km/s以上の増速能力を与えます。
4 km/sという増速能力は、重力天体からの脱出/投入を含む自在な宇宙航行に必要な量です。単段・搭載化学推進系では実現困難な値で(過去最大は、NASAの水星探査機MESSENGERの約2.6 km/s)、高比推力の電気推進系が必須です。

イオンエンジンとは、イオン生成部において推進剤のキセノンガスを電離させ、静電加速部において複数枚のグリッドを用いて陽イオンだけを加速し、 下流の中和器から電子を放出して電気的に中性なプラズマジェットを噴射する反動で推力を発生する電気推進ロケットの一種です。
高温の燃焼ガスを噴射する従来の化学推進ロケットに比べて桁違いに高い排気速度が得られるため、少ない推進剤搭載量で大きな軌道変換を可能にする「低燃費」推進を可能にします。人工衛星搭載用の化学推進に比べて電気推進の推力は1/1000程度で、運転時間は1万倍(数千~数万時間)と長寿命が要求されます。

薄膜軽量太陽電池パドル

電気推進は、比推力が高く燃料消費の少ない優れた推進方式ですが、イオン化したガスを加速させるために大きな電力を必要とします。通常の500 kg級の探査機が消費する電力は500~1000 Wですが、μ10イオンエンジンを4台同時に運転するDESTINY+は3 kW近い電力を必要とします。従来の太陽電池パドルでは非常に大型になり、小型探査機に搭載することはできませんでした。

DESTINY+は、新型の薄膜軽量太陽電池パドルの採用により、この課題を克服します。薄膜で柔軟な太陽電池セルを、同じく柔軟な炭素繊維強化プラスチック(CFRP)のシートに貼り付け、それを軽量なフレーム構造で支えることで、出力密度(W/kg)は従来の2倍以上に高まり、世界最高レベルの性能を達成しました。2013年打ち上げの「ひさき」に搭載した電源技術実証モジュール「NESSIE」での要素技術実証、2018年度打ち上げ予定の革新的衛星技術実証一号機でのパドル機構実証を経て、DESTINY+がバス機器として初めて採用します。

先進的熱制御

過去にイオンエンジンを搭載した探査機はやぶさ、はやぶさ2は、惑星間でのみイオンエンジンを運転し、太陽方向から垂直に噴射していました。すなわち、運転中のスラスタが太陽光に照らされることはありません。
一方でDESTINY+は、地球周回軌道上でもイオンエンジンを運転しますので、スラスタが太陽光に照らされ大きな熱入力がある状態でイオンエンジンを運転しなくてはなりません。したがって、探査機は高い排熱能力を備える必要があります。
しかし、ただ排熱能力を高くするだけでは日陰中に探査機の温度が下がりすぎてしまいますので、同時に高い保温能力も備える必要があります。これも、日陰を経験しないはやぶさ、はやぶさ2にはなかった課題です。

この問題を解決するために、DESTINY+は、ループヒートパイプと可逆展開ラジエータという2つの新しい熱制御装置を搭載します。
ループヒートパイプは、高機能・高自由度の熱制御・輸送デバイスです。熱を積極的に輸送するだけでなく、熱の輸送を止めて断熱することも可能で、イオンエンジン発熱の変動や、外部熱環境条件の変動に対してロバストなシステムを構築することができます。フレキシブルな管を用いることで、イオンスラスタヘッドのように可動部を有し、異なる探査機表面に熱輸送を行うケースに適用可能です。
可逆展開ラジエータは、熱環境の変化に応じて放熱、保温、太陽光吸熱といった機能が自律的に変化する、軽量な展開型ラジエータです。放熱時には、探査機表面に加えて、展開するパネルの表裏を用いることで、搭載面積の3倍の放熱面積を確保できます。保温時には、パネルを収納して放熱面積を縮小することで、ヒータ電力を削減します。展開面への熱輸送には高熱伝導率を有するグラファイトシートを、パネルを開閉するアクチュエータには形状記憶合金を採用し、軽量かつ高性能です。

高速フライバイ探査

Phaethonの公転軌道は地球のそれと全く異なるため、「はやぶさ」や「はやぶさ2」のように探査対象天体にとどまるランデブ探査を行うことはできず、高速ですれ違いざまに観測を行うフライバイ探査になります。太陽系にはフライバイでしか探査機できない小天体が数多くあり、高速フライバイ探査技術の獲得は、探査対象を一気に拡大することにつながります。

DESTINY+はPhaethonから数百km離れた地点をフライバイしますが、その時の相対速度は実に30 km/s以上にもなります。カメラでPhaethonを撮影できるのは、わずか数分間。失敗の許されない、一瞬の観測になります。

しかも、探査機がPhaethonと出会う地点は地球から遥か遠方にあり、探査機との通信には往復で数十分を要します。したがって、地上から探査機を操作することはできず、探査機自身が画像情報に基づいて自律制御を行い、小天体をカメラで追尾するという、難しい技術が要求されます。